「阪神・淡路大震災」から23年

a0120949_06434642.jpg

 1995年(平成7年)1月17日。あの日から23年目を迎えた。6,434人もの命を一瞬のうちに奪った「阪神・淡路大震災」だ。

 「もうそんなに経つのか」が、偽りのない想いだ。

 時間の感覚が年々、失われている。時に、ふと、「今は平成何年だっけ?」と人知れず問いかけ、新聞の発行日で確認しては安堵(あんど)する。西暦で、例えば孫たちの誕生日を覚えることができず、「平成では?」と考え、そして、ゆっくり「昭和」に置き換えては納得する。

 あの日は火曜日だった。ニュースを見ないままに出勤したおやじには何が起こっているかの感覚もなく、ただただ出張を兼ね、週末を利用して奈良県に帰省していた同僚の出勤が遅いことだけを気にしていたっけ。

 あれから23年。午前5時46分、静かに黙とうする。

# by h-fuku101 | 2018-01-17 06:47 | Comments(0)

えっ、ロウバイが早や見頃?

a0120949_06354810.jpg

 ロウバイが新春早々見頃を迎えている。

 昨年末、「今季の開花は早いなぁ」とは思っていたが、それにしても1月の第1週に見頃とは早過ぎる。

 早いと言えば、ニホンズイセンも梅もそうだ。サンシュユやモクレン系も、さすがに花こそまだだが、芽吹きが早い。

 それもこれも地球温暖化の影響だろうか? この先、一体、どうなってしまうんだろう?(6日、府中市・郷土の森にて撮影)


a0120949_06360156.jpg


a0120949_06362034.jpg


a0120949_06362856.jpg

# by h-fuku101 | 2018-01-16 06:41 | Comments(0)

小さな抵抗

a0120949_06282284.jpg

 東京地方は連日の快晴。特に昨14日は、電車の車窓から富士山がくっきりと見え、胸のすくような一日となった。

 ところが、日々見聞きするニュースがいけない。

 日本代表を競う選手が相手の飲み物に禁止薬物を混入させたり、晴れの成人式を着物を着て迎えたい乙女心を逆手に取ってサギ行為をはたらいたり、わが子を長年にわたって虐待・監禁したり・・、とにかく陰湿で、残忍な犯罪ばかり。堂々としたところなど微塵もない。

 今、桃太郎や因幡(いなば)の白ウサギ、猿蟹合戦などの昔話や童話を知らない子供たちがほとんどだとか。子供が知らない以前に親たちが知らないんだから何をかいわんやだが、そう言えば、ことわざや慣用句も途切れているらしい。「すねに傷を持つ」と言ったって通じないし、 “躾(しつ)けは罪悪” とさえ考える時代。「ベビーカーは押すけど目はスマホ」では、さてさて何とも希薄な親子のつながりではある。

 これらはみんな、日本が長年、営々と築いてきた文化・ “道” の否定。そう言えば相撲の世界でもひと騒動があった。で、おやじは今場所の相撲観戦を止めることにしているが、これはほんの小さな、取るに足らない抵抗でもある。


a0120949_06281139.jpg


a0120949_06284588.jpg

# by h-fuku101 | 2018-01-15 06:39 | Comments(0)

奥会津紀行 Vol.4 地の利

a0120949_06592220.jpg

                       会津磐梯山の雄姿。「いい山はやっぱり、いい」


 会津若松市や会津坂下町(ばんげまち)の田園地帯に立つと、会津が盆地であるのがよくわかる。

 東には名峰・会津磐梯山から安達太良山。少しずつ目を北にやると東・西吾妻山から飯森山。そして、北には大日岳から飯豊山(いいでさん)。西~西南に県境を成す新潟県とは「八十里越え」「六十里越え」などと険しさを呼び名にした峠や、駒ヶ岳、燧ケ岳(ひうちがたけ)といった名峰がいく手を阻(はば)む。東南の栃木県とは旭岳・那須岳・・。数え上げればキリがない。

 奥会津を訪ねる前、会津若松市に住む知人宅を訪れた。「住めば都とは言うけれど、それを割り引いたとしても、会津って本当に住みよいところだよ」と言った言葉が忘れられない。

 今、周囲の山々を見渡している。会津をめぐる昔を体感することは叶(かな)わないが、その時代に生きた人たちも見たであろう山々は、今もおやじを魅了してやまない。(完)



a0120949_06594429.jpg


a0120949_07004533.jpg


a0120949_07010578.jpg

 

# by h-fuku101 | 2018-01-11 07:07 | Comments(0)

奥会津紀行 Vol.3 仏都・会津 

a0120949_07113213.jpg

                          福満虚空藏菩薩・圓藏寺遠望と只見川の流れ


 会津はまた「仏都」でもある。福満虚空藏菩薩・圓蔵寺(えんぞうじ)や「会津ころり三観音」はつとに有名だが、そのほかにも「日本遺産」として認定されている「三十三観音めぐり」などがある。

 起源は平安の世にさかのぼるらしいが、この項は「取材メモ」に委ねたい。

 おやじの仏都・会津体感は、まず、お世話になった柳津町の旅館近くの福満虚空藏菩薩・圓蔵寺(えんぞうじ)詣りからはじまった。ここは仏都・会津を代表する名刹の一つで、奥会津最大の仏教拠点。今は、新年を間近に初詣客を迎える準備に追われているが、大同2年(807年)、徳一大師によって開かれたという。

 「会津ころり三観音」詣で(もうで)は、会津坂下町(ばんげまち)にある「立木観音」(恵隆寺)、会津美里町(みさとまち)にある「中田観音」(弘安寺)にお参りしたが、西会津町にある「鳥追観音」(如法寺)は断念した。幸か不幸か、弘安寺は改修工事中。国の重要文化財でもあるご本尊の「十一面観音立像」が寒々とした仮設の板舎に囲われて眼前におられる。ご住職の許可を得て写真に納めさせてもらった。

 会津はまた、なにかにつけ懐(ふところ)の深い地でもある。


a0120949_07115331.jpg

                               圓藏寺本堂写真2葉(下も)


a0120949_07120505.jpg



a0120949_07123548.jpg


                         弘安寺十一面観音立像は国の重要文化財
 


 ※取材メモ

 ~「平安時代の大同元年、磐梯山が大爆発を起こし、住む家と食物を失った人々が道端に屍(しかばね)をさらした。この惨状を聞いたのが奈良の都にあって最澄、空海とともに多くの学問を身につけた名僧「徳一」。この僧が、人々の苦しみを救おうと仏教を広め、仏の都を造ろうと決心し、会津入りした(会津三観音奉賛会資料から)。」~


# by h-fuku101 | 2018-01-10 08:18 | Comments(0)