ハングルあれこれ=Lesson1

 
 さて、ハングルあれこれに入る前に少しお口のトレーニングをしましょうね。

 まず、声に出して「アー」って言ってみてください。次に、口の形はそのままに、「アー」を「オー」に変えてみてください。できましたか? 韓国語には日本人が普段言う「オ」と、今、練習した「オー」があるんです。ほかにもいろいろありますよ。

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 で、韓国語ならぬ外国語。人間にはいろいろな才能があるけど、比較的簡単に外国語を覚える人と、いくらやってもできない人がいる。日本語で「ひぃ、ふぅ、みぃ」は、韓国語では「ハナ、トゥル、セッ」。いつ会ってもここまで言うのが精一杯の人がいるんですが、でも、これは能力や才能の問題ではなく、関心のあるなし。簡単に「私、才能ないんです」なんて諦めることはない。ちなみに、こういう人にHな言葉や悪い言葉を面白おかしく教えたら、いやぁ覚える覚える。人間ってまさに煩悩のかたまりだ。

 外国語に関して普段気になっていることがある。日本では、ラ行の名前をアルファベット表記するとき「R」を使うが、そもそも日本語には「R]発音はない。日本人同士では特に違和感がないからそのままでいいが、外国人から名前を呼ばれて「あれ?俺のことかぁ?」なんてこともしばしば。いつから、どうして「R]を使うようになったんだろう?

 閑話休題。
 韓国の人たちが普段使うハングル。日本人から見ると、まさに記号そのものだが、実に合理的に創られている。あの記号は、日本人もよく目にし、馴染んでいるアルファベットの形を変えたものと思えばいい。母音と子音を組み合わせただけの表音文字なのだ。例えば、「R]と「A」を組み合わせると「ラ」のように。

a0120949_641198.jpg ハングル文字が創られたのは1446年、李氏朝鮮第4代国王:世宗(セジョン)の時代。当時は、「固有の文字を持つのは未開人がすること」と思われていたらしく、反対も多かったとか。ハングル文字と漢字で書かれた本も出されているが、上層階級の手紙や公文書のほとんどは漢字が使われており、ハングルは民衆の間で静かに定着していった。日本でも「ひらがなは女文字」と言われていたことと符合する。

 で、1886年(明治19年)に「漢城周報」という近代新聞が創刊されているが、ここで初めてハングルと漢字が使用され、10年後の1896年(明治29年)にハングルと英文で書かれた「独立新聞」が創刊されたというから、時代はそう古くない。ちなみに、公文書にハングルを使用し始めたのは1894年(明治27年)だ。

 
 

# by h-fuku101 | 2009-07-04 06:42 | Comments(0)

許せぬ迷走

 実は昨日から少々、機嫌が悪い。

 タイトルが「許せぬ迷走」だから、今どき「麻生さんのことか」と思われるムキもあるだろうが、違う。相手は日本たばこ産業(JT)だ。

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 昨日、あるところで「タスポでも免許証でも購入できます」と表記したタバコ自販機を見た。もちろんそのような機械が出たということは知っていたが、それを目の当たりにすると、以前抱いた怒りが再燃した。

 みなさんも記憶のことと思う。昨年のいつの時期だったか、「7月以降、タスポがないと自販機でタバコは買えません」との案内があった。喫煙家の私は、申込みの受付が始まると、直ちに経費自己負担で免許証のコピーや顔写真を取り、郵送した。そして、チャージ機能まで備えたタスポカードを受取り、一安心した。

 ところが、いざ7月を迎えるとタスポ普及率が極めて低調とのこと。JTが次にやったのは、街のあちらこちらに受付コーナーを設けての普及活動だ。活動そのものはいい。許せないのは、顔写真も免許書のコピー代もタダ。郵送費も要らない。???

 誤解しないで欲しいが、お金のことで怒ってるんじゃないぞ!筋道が通っていないし、正直者が馬鹿を見るようなことをするから怒り心頭に達しているのだ! で、次は「免許証でも買えます」ってか。だったら最初からタスポなんて出さなければいいじゃないか!馬鹿にするのもほどほどにしろ! 何!「免許を持っていない喫煙者もいます?」そんなこと分かってるわい! 

 だいたいタバコの箱に書かれている注意書きは何だ。「喫煙は、あなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます」「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります」「未成年者は決して吸ってはいけません」…etc だったら売らなければいいじゃないか!

 この注意書き。勘繰れば「私は注意しましたよ」の責任逃れ、アリバイ作り以外の何ものでもない。こういう会社の体質こそ許せない。

# by h-fuku101 | 2009-07-03 05:57 | Comments(0)

パゴダ公園

 パゴダ公園。ソウル市内鐘路3街(チョンノサンガ)近くにある。

 約20年前、初めて韓国を訪問したときに友人が何も語らないままに案内してくれた。

 園内を歩いていると、お年寄りたちが青空のもと将棋や囲碁を楽しんでいる姿があちらこちらで見られるほかは別に建造物などが立ち並んでいる訳でもなく、とても観光スポットとは言いにくい。現に、今もこの公園を訪れる日本人はほとんどいないだろう。

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 ふと気づいて公園の周りを見ると、10枚ほどのレリーフが並べられている。案内板はすべてハングル表記のためとても読めず、意味も分からなかったが、どうやら日本軍の圧政や虐殺にも負けずに勝利した戦いの歴史をつづったもののようであった。帰国後、歴史書をみて大正8年(1919年)3月の「3.1運動」の模様を描いたものであったことが分かった。

 日韓の歴史、特に明治以降、日本が行ってきた行為の評価についてはいろいろな見方がある。私には今、その評価に参加出来るほどの資料もないし、知識も能力もない。ただ、それ以降、ソウルを訪問するたびにこの公園には必ず足を運ぶことにしている。

 ヨン様主演の「冬のソナタ」以降、特に女性たちの間で韓国旅行が激しくなった。いわゆる韓流ブームだ。ただ、この「冬のソナタ」。韓国人の間ではほとんど知られていないので念のため。日本の人たちが韓国を訪問することはいいと思うし、大いに国民・市民レベルの交流を深めて欲しいとも思う。その際、何も日韓の歴史をすべて頭に叩き込んで置けと言うのではないが、韓国についての最低限の知識だけは持っていて欲しい。

 韓国は、今日ではキリスト教信者が6~7割を占めるが、その生活習慣には儒教精神が根強く残っている。例えば、日本と同様に都市部ではかなり希薄になったが、お年寄りが乗り物に乗ってくれば若い人のほぼ全員が席を立つし、バスに乗ると座ってる人が立っている人の荷物を奪うように取り、ちゃんと持ってくれる。人前で女性がタバコを吸うなんてとんでもない行為である。石を投げられても文句は言えないぞ。「ヨン様、ヨン様」の浮かれ気分、「エステに行きた~い」、「あれ食べた~い」だけでは困るのである。韓国人から見た日本人の品位を下げることになるし、何よりも韓国の人たちの生活習慣を傷つけることになるのである。

 韓国については書きたいことがいっぱいある。機会をみて少しずつ書くことにしよう。

 

 

# by h-fuku101 | 2009-07-02 05:49 | Comments(0)

円筒分水

 川崎と立川を約1時間で結ぶJR南武線。その途中に「久地(くじ)」という駅がある。
 その久地駅から徒歩約10分のところに「久地円筒分水」がある。訪れた日は修復工事中のため近寄ることはできなかった。

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 この円筒分水が造られたのは昭和16年(1941年)。
 このあたりは、今でこそ住宅やマンションが立ち並ぶ住宅街の様相を呈しているが、それまでは一面の田園地帯であったに違いない。

 さて、この円筒分水。送られてくる水の量が変わっても、その分水比を一定にすることで供給する水の量も一定にしようという優れものだ。
 
 まず、内側に「整水壁」という中心となる円形を設け、その周りを同じような円形が取り囲んでいる。一つの方向から送られてきた水は整水壁から吹き上げて周りを囲む円形に流れ込み、そこからあふれた水が一方向の川に送られる仕組みになっている。周りの円形は区切られているから他の川に流れ込むことはない。平成10年(1998年)6月9日に国の有形文化財になった。稲作にとって水は命。比率は農家の数なども考慮されたことだろう。

a0120949_6484236.jpg この円筒分水に水を供給するのが多摩川の支流、二ヶ領用水。完成は慶長16年(1611年)だという。郷土歴史書によると、天正18年(1590年)に多摩川が大洪水を起こして水の流れを変えてしまった。そのため徳川家康の家臣:小泉次太夫(なぜか苗字が気に入らん!)が用水開発を家康に進言し、以来、14年の歳月を費やして完成させている。

 この二ヶ領用水。当時は農業用水だったが、今ではそのほか、都市生活に潤いを与える環境用水としての役割も果たしてくれている。

 さて、久地円筒分水と二ヶ領用水。毎日が多忙(?)なため未だ資料や文献などに目を通していないが、これらが造られた年代が面白い。

 まず、円筒分水。昭和16年(1941年)と言えばわが国が太平洋戦争に突入していった年だ。一方、二ヶ領用水の開発を進言したのは関が原の戦い(1600年)の3年前。その戦いの最中も工事が進められている。

 戦争には兵站(へいたん=戦場の後方にあって、作戦に必要な物資の補給や整備・連絡などにあたる機関)が不可欠だが、この二つの工事が果たしてその意味・役割を持っていたのか。あるいは、行政の動きはよそに、したたかに生き抜く人々の想いがこれらを成し遂げたのか。興味は尽きない。

# by h-fuku101 | 2009-07-01 06:50 | Comments(0)

江ノ島行

 昨日、江ノ島に行った。
 中学の修学旅行で訪問したときが最初で、以来4~5回目だろう。

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 午前9時20分、小田急新百合ヶ丘駅から特急ロマンス・カーに乗車。購入した特急券を見るとB席。「あれっ?、混んでるのかなぁ?」と思いつつも乗車するとA席には同年代くらいのおやじが座っている。私は、カメラバッグを提げ、手には三脚。相手からは一見して写真を撮りにいくおやじだと分かる。と、相方のおやじ氏、バッグからおもむろに取説を取り出した。これまた一見してカメラの取説と分かる。おやじ二人が隣同士で同じ趣味。それがそれぞれ単独行でロマンス・カー。何がロマンス・カーだよ!朝からホント、わびしい~~。

 で、そのおやじ氏、一つ手前の藤沢駅で下車。妙にホッとした気分になる一方、「あっ、鎌倉に行ったな。写真教室かもな」などと推測が続く。逆に気になりだしたから不思議なものだ。いろいろと考えるんだったら座ってる間に声を掛けてりゃいいものを…。そのおやじの姿がちょうど3か月前の私めと同じ。

 そう言えば、人間ってほぼ同じコースをたどる。昔、韓国スナックに通っていたころ、客の歌で「こいつは初心者」とすぐ分かった。まず、「釜山港に帰れ」を日本語で、少し足を運んだ客は下手な韓国語で同じ歌へと進む。10人が10人ほぼ同じ。後学のためにもう少し。世の男性諸君!韓国語は女性から習っちゃダメですよ。女性同士が話している言葉を真似てもダメ。韓国語には男言葉と女言葉が厳然とあってね。だから、知ってる人が聞いたらすぐ分かる。あらぬ疑いを招くよ。

 今日は江ノ島行。韓国の話しじゃない。

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 で、片瀬江ノ島駅から徒歩約5分。岩屋方面に渡してくれる遊覧船に乗船した。これは初めての体験だ。よ~く考えてみると、島の裏側には行ったことがない。遊覧船と言っても漁船のような船。約10分で岩屋に着いた。

 岩屋は、第一岩屋と第二岩屋の二つの洞窟に分かれていた。洞は波の浸食でできたものらしく、中には数々の石仏なども安置されている。島の裏側は絶好の釣り場。この日も多くの釣り人が来ていたが、潮の加減か、見ている限り釣果はあまり芳しいとは言えないようだ。

 あとは延々と続く石段を登り島のてっぺんへ。途中、恋人の丘や稚児ヶ淵などがあったが、「おやじ一人で恋人の丘もないもんだ」と見向きもしなかった。昼に食べた「江ノ島丼」。親子丼の鶏肉の代わりにさざえが入ってる代物だが、なかなかのものだった。ちなみに稚児ヶ淵からの夕景は、対岸に富士が望めてよさそうだったが、そこまで時間的余裕もなく断念した。
 
 

江島神社

# by h-fuku101 | 2009-06-30 08:09 | Comments(0)