民家園と木々の彩り

a0120949_05563404.jpg


 生田緑地のもみじが、足が少し遠退く間にすっかり葉を落としてしまった。

 「捨てる神あれば拾う神あり」の例え。

 代わってメタセコイヤや晩熟(おくて)のもみじなどが、民家園の家並みに彩(いろど)りを添えるように出現してくれた。


a0120949_05585592.jpg


a0120949_05575114.jpg


a0120949_05582934.jpg


a0120949_05565483.jpg

by h-fuku101 | 2018-12-10 06:01 | Comments(0)

喪中を報せる一枚のはがき その後

a0120949_11462263.jpg



 初ちゃんと電話連絡が取れた。声を聞いたのは実に40年以上ぶり。央さんの死因は脳溢血とか。畑にいた央さんとほんの10分前に話したばかりで、初ちゃん自身も「今も何がなんだかわからない」という。でも、苦しまないで、寝込まないで亡くなったのは不幸中の幸いだ。

 初ちゃんがいうとおり、央さんは面倒見のいい、いい人だった。畑作業はおやじとはじめたのが最初だから、以来、40年以上も続けてきたことになる。今は、あれだけ「畑は嫌だ」といっていた初ちゃんが故人の遺志をつないでいるという。

 40年前の記憶とは思い違いもある。完全に消えていることもある。40分も話していると絡んだ糸がほぐれるように、まるで昨日のことのように蘇(よみがえ)ってくるからおもしろい。

 あらためて、央さんありがとうございました。豊田市にあるというお墓に伺うことは叶いませんが、安らかにおやすみください。

    合掌


by h-fuku101 | 2018-12-08 11:47 | Comments(0)

喪中を報せる一枚のはがき

a0120949_06243937.jpg


 年々、喪中を報(しら)せる便りが多くなる。

 ことしは、さびしい報せがことさらに多い。現役時代、おやじが直接お世話になった先輩がお二人。あらためてご冥福を祈る。

 「えっ!? 夫・央(ひさし)?」。書かれた名前に目が止まる。2~3度そのうえを行ったり来たり・・、そして、はじめて悲しい現実を知る。

 大阪時代、兄のように慕った央さんが亡くなった。齢75歳。まだ信じられない。

 お互い若かった。おやじは25歳、央さんの歳はその頃、まだ知らなかった。奥さんの初ちゃんとは職場が隣同士という関係で家族ぐるみの付き合いがはじまった。話しの多くは子供の育て方。央さんはアウト・ドア派で、よく「広々としたところで、のびのびと育てたい」などと夢を聴かせてもらった。が、央さんは子宝には恵まれなかった。畑仕事も教えてもらった。とにかく “ 鍬(くわ)使い ” が巧みだった。

 おやじが東京に来てからは年賀状だけのお付き合いにならざるを得なかった。一度だけ思わぬところで再会したが、互いに仕事中。ほんの10分程度で別れてしまった。そして、届いた一枚のはがき・・。

 おやじのなかにいる央さんは、いつも笑っている。今はその笑顔がさびしい、さびし過ぎる。

by h-fuku101 | 2018-12-07 06:31 | Comments(0)

深大寺辺り

a0120949_06095447.jpg


 神代植物公園や水生植物園など深大寺辺りの紅葉が一番の見頃を迎えている。なかでも公園の深大寺口から「もみじ園」辺りの色づきの見事さはどうだ。訪れる人、人、人が思わずカメラや携帯を取り出し、シャッターを切っている。

 台風被害の復旧がずいぶんすすんだ。まだ所々テープを張り巡らせてはいるが、これは従来の立入禁止ではなく切り取った枝々の一時保管の意。樹齢50年以上の桜、モミジバフウなどが倒れ、枝が折れたんだから、その処理も一挙一足って訳にはいかなかったんだろう。

 深大寺のお正月準備も着々とすすんでいるし、大正年間に旧国宝指定を受けた釈迦如来像(白鳳仏)も重要文化財から新国宝に認定され、連日、たくさんの人々の訪問を受けているようだ。

 深大寺辺り。やっぱりいいところだ。


a0120949_06102733.jpg


a0120949_06093200.jpg

 

by h-fuku101 | 2018-12-05 06:13 | Comments(0)

一枚の写真から

a0120949_06303652.jpg


 瀬戸豊彦さんの写真展がことしもまた昭和記念公園の花木園展示所で開かれていた(2日まで)。

 氏は、東京の公園や街並みなどの自然を撮りつづけている風景写真家。ことしも各地の紅葉・黄葉を30点近く掲出して堪能させてもらったが、とりわけ奥多摩の渓流ともみじ、イチョウを切り取った一枚が、おやじの目と胸を捉(とら)えて離さなかった。

 その作品を観た途端、頭をなにかで打ちつけられたような衝撃を受け、足が動かなくなった。

 「感動を伝える」。写真家が書く書物などには必ずといっていいほどこの言葉が出て来る。が、感受性がにぶっているんだろうか、被写体が放つ感動を受け止め、発信することができない。

 ふと、「そう言えば、ここ数年の手帳は『忘備録』になっているぞ」と気づく。情けないことに、過去だけを見、これから先の時間を追いかけようとはしていない。これでは人に感動を伝えることなどできっこない。瀬戸さんの作品がおやじという、こんな小さな男の考え方をも変えようとしてくれている。


a0120949_06312832.jpg


a0120949_06305201.jpg

 

 

by h-fuku101 | 2018-12-04 06:38 | Comments(0)

水元公園を歩く

a0120949_08255874.jpg


 さて、何年ぶりだろう? 指折り数えるが、両の手指だけでは足りない、それくらい時間が経っている。

 あの日は車だった。今回は尋ねたずね電車とバスでやって来た東京の北の方。土地勘がない分、不安もある。

 はじめて訪ねたあの日の記憶が残っていたのはバス道から正面入口辺りだけ。あとは木端微塵に破った紙くずのように点と点がつながらない。「え~、こんなところだったっけ?」。

 右に流れ、対岸へと回る。ここはもう埼玉県。

 「水鳥の多い公園だなぁ。来ている人たちを大別すると魚釣り人、鳥派のカメラ人、そして、ジョギング人か!?」。おやじのように風景・紅葉狙いはほとんど見当たらない。

 気づけば、埼玉県を随分歩いた。

 「あの~、すみません。このまま行けば向こう岸に回れますか?」「えっ?(少し考えた後)回り込むことはできませんよ」「あ、そうですか。じゃぁ、戻るしかないんですね」・・。疲れがドッと出た。が、ここでバテている訳にはいかない。

 近くには “ 大岡裁き ” の「しばられ地蔵」で有名な「南蔵院」もある。いいところだなぁ。


a0120949_08261092.jpg


a0120949_08262063.jpg


a0120949_08264180.jpg


a0120949_08265622.jpg

by h-fuku101 | 2018-12-01 08:35 | Comments(0)